5871 東証スタンダード(サービス業)
SOLIZE
企業情報
事業内容(レポートから抜粋)
デジタルものづくりを革新し続けるエンジニアリング企業
SOLIZEは、自動車業界向けを中心に製品開発から生産工程まで幅広い分野でサービスを展開するエンジニアリング企業である。
SOLIZEの事業は、
(1)SOLIZEグループのエンジニアが顧客企業の製品開発に対し、直接的に製品開発ノウハウ・技術等を提供する「デザイン事業」
(2)顧客企業に対してSOLIZEグループの3Dプリンター等の設備による試作モデル製作及び最終製品に使用する少量量産部品の製作や3Dプリンターの代理販売・保守サポート等を行う「マニュファクチュアリング事業」
からなる。23/12期における事業別売上構成比は、デザイン事業80.4%、マニュファクチュアリング事業10.6%であった。
中国、米国、インドの海外子会社ではデザイン事業等を展開するなどグロ-バル化も進んでいる。23/12期末において、自動車等の開発に従事することが出来るハイエンドエンジニアが海外子会社を含め1,522名所属しており、連結従業員数の77.3%を占めている。
デザイン事業は、主に自動車業界の開発部門向けを中心にサービスを提供している。サービスは、直接的に顧客の製品開発をサポートする「エンジニアリング事業」と顧客企業の競争優位性確保を支援する「コンサルティング事業」により構成されている。
エンジニアリング事業は、SOLIZEエンジニアが保有する製品開発ノウハウやデジタル技術等を顧客企業の開発現場で直接提供するオンサイト支援(契約形態は請負契約、準委任契約、派遣契約の何れか)もしくは、顧客企業から依頼を受け、取り決めたアウトプット等を提供するオフサイト支援(契約形態としては請負契約、準委託契約の何れか)にて提供している。日本を始め、中国、米国、インド、欧州でサービスを展開している。
コンサルティング事業は、企業のビジネスモデルや製品開発の業務プロセスの変革等の実行力を提供している。暗黙知(意思決定ロジック)まで踏み込む徹底した可視化・数値化技術をベースとした同社独自の方法論とエンジニアサービスで培った開発現場での経験・ノウハウ及びデジタル技術を融合させて、技術課題の解決や組織横断的なプロセス最適化により顧客企業の競争優位性強化に向けた変革を推進するコンサルティングを行っている。製造業だけでなく、非製造業の顧客にもサービスを提供している。AI搭載のSaaSプロダクト、ソフトウエアの導入コンサルティングも行っている。
マニュファクチュアリング事業は、1990年に3Dプリンターを導入し、30年以上にわたり蓄積してきた3Dプリンティングにおける技術とノウハウ、並びに自社で保有する3Dプリンター等の造形設備を活用し、製品開発における評価・検証等に使用される試作製品や、最終製品に使用される少量量産部品の提供を行っている。また3Dプリンティングにおける長年の経験と実績を活かし、3Dプリンターの新材料の開発、AM技術導入支援サービスも行っている。
(2024年12月20日時点)
沿革(レポートから抜粋)
SOLIZEは、三井金属鉱業(5706東証プライム)のデトロイト支社でドアロックを設計していた山田眞次郎氏が、3次元光造形機を日本で普及させるために会社を辞め、1990年に設立したインクスを前身としている。山田氏は、インクス設立後、すぐに、3D Systemsの光造形システムを導入し、光造形による試作事業、及び製品開発工程における3D CADエンジニアリングサービスを開始した。93年には3D Systemsと日本における販売代理店契約を締結した。
SOLIZEは、97年に川崎市高津区に、R1/高速試作センター1(光造形・粉末造形工場)を設置、翌98年には東京都大田区にK1/高速金型センター第1工場(金型製造、成形工場)を設置した。01年には大田区に高速金型センター第2工場を設置、02年には開発製造工程の改革コンサルティングへの需要の高まりを受け、コンサルティング部門を設置するなど業容を拡大させた。
そして、05年には「ものづくり日本大賞」経済産業大臣賞を受賞、翌06年には愛知県豊田市に高速試作センター2(金型製造工場)及び、長野県茅野市に高速金型センターを開設するなどインクスとしてはピークを迎えつつあった。茅野市の高速金型センターは、茅野零(ゼロ)工場と呼ばれ、東京本社から送られてくるCAD/CAMデータを使って24時間、殆ど無人の体制で、ロボットとNC工作機械で金型が製造されるという工場であった。
SOLIZEは、09年2月、負債総額約147億円で経営破綻、民事再生手続きを開始した。同年11月には民事再生法に基づく再生計画が確定した。06年に当時の売上高の半分近い50億円を掛けて建設した茅野零工場投資、07年には本社を新宿の東京オペラシティーから竣工したばかりの新丸の内ビルディングの最上階に移転したことに伴う多額の家賃負担等が経営の重荷になった。そこに、08年のリーマンショックに端を発した金融危機で主要顧客である自動車メーカーが投資を大きく絞ったことで業績は大幅に悪化。金融機関とのパイプを作らず独立経営だったことで支援を得られず経営破綻した。
12年11月に東京地方裁判所より、民事再生手続終結決定を受領した。殆どの顧客が取引を継続したこともあり、予定より2年早く僅か3年で民事再生手続き終結が決定された。
13年には、SOLIZEに商号を変更し、15年には横浜市都筑区にテクニカルセンター(金型造形工場、現・横浜工場)を設置し、米国現地法人SOLIZE USAを設立した。翌16年には神奈川県大和市にGlobal Engineering Center-Yamatoを開設した他、米国、インドにおいてエンジニアリングサービス事業を展開していたCSMグループを子会社化した。また、18年には日本HPと販売代理店契約を締結し、3Dプリンタービジネスの強化を図った。
24年2月、SOLIZEは東京証券取引所スタンダード市場に上場し、上場後も構造改革を進めている。
(2024年12月20日時点)